なぜエルファバは「西の」悪い魔女なのか?ミュージカル『ウィキッド』が描く真実
2025年10月からの劇団四季による『ウィキッド』再演のニュースに、胸を躍らせている方も多いのではないでしょうか。
『オズの魔法使い』の知られざる前日譚を描いたこの物語は、後に「西の悪い魔女」として恐れられることになる緑色の肌の少女・エルファバと、美しく人気者の「善い魔女」グリンダの友情を軸に展開します。
物語を見れば、エルファバが決して「悪い魔女」ではなかったことは明らかです。しかし、ふと疑問が湧きませんか?なぜ彼女は「東」でも「南」でもなく、 「西の」 魔女と呼ばれなければならなかったのでしょうか。
そこには、単なる地理的な理由だけではない、物語の核心に迫る深い意味が隠されています。本記事では、エルファバが「西の魔女」となった理由を3つの視点から考察します。
1. 地理的な理由:彼女が最後に身を寄せた場所
最も直接的な理由は、彼女がオズの国で活動した拠点に由来します。
物語の後半、オズの魔法使いの欺瞞を知り、体制に反旗を翻したエルファバは、オズの中心地であるエメラルドシティから追われる身となります。そして、彼女が向かったのが、オズの国の西部に位置する「ウィンキーの国」でした。ここは、彼女の恋人フィエロの故郷でもあります。
エルファバは西の地で、言葉を話す能力を奪われそうになっていた動物たちを救うために戦います。オズの権力者側から見れば、「西にいる、我々に逆らう厄介な魔女」。これが、「西の魔女」という呼称が定着した第一の理由です。
2. 政治的な理由:作られた「悪」というレッテル
しかし、単に西にいるだけで、あれほどまでに国民から恐れられる「悪い魔女」になるでしょうか。ここに、オズの魔法使いと、彼に仕えるマダム・モリブルによる巧みな 情報操作(プロパガンダ) が存在します。
エルファバの正義感あふれる行動は、国民を偽りで支配するオズの魔法使いにとって、自らの地位を脅かす最大の脅威でした。そこで彼らは、エルファバを「国民の敵」に仕立て上げることで、人々の目を真実から逸らし、恐怖によって支配を強化しようと画策します。
- 「彼女は邪悪(Wicked)だ」
- 「西から災いがやってくる」
このようなネガティブキャンペーンを大々的に展開し、エルファバに「西の悪い魔女」というレッテルを貼り付けたのです。これは、自分の行いを正当化するために、特定の個人や集団を「悪」と規定し、攻撃する現代社会の構図とも重なります。彼女の存在は、支配者にとって都合の良い「共通の敵」として利用されたのです。
3. 象徴的な意味:「西」という方角が持つイメージ
さらに一歩踏み込んで、なぜ「西」という方角が選ばれたのかを考えてみましょう。
多くの文化において、「西」は太陽が沈む方角です。そこから「終わり」「死」「衰退」「影」といった、どこか不吉でネガティブなイメージを連想させやすい方角とされています。
物語の舞台であるエメラルドシティが「中央」の権威や秩序を象徴するとすれば、そこから離れた「西」は、 「辺境」「異端」「反体制」 の象徴と捉えることができます。体制に馴染めず、真実を求めて中央から去ったエルファバが身を置く場所として、「西」は非常に象徴的な意味合いを持つのです。
オズの魔法使いは、人々が無意識に抱く「西」へのネガティブなイメージを利用し、プロパガンダの効果を最大化させたのかもしれません。
まとめ:呼称に隠された物語のテーマ
エルファバが「西の悪い魔女」と呼ばれたのは、
- 地理的に西の国を拠点としたから
- 政治的に支配者によって「悪」のレッテルを貼られたから
- 象徴的に「西」という方角が持つネガティブなイメージと結びつけられたから
という、複数の要因が複雑に絡み合った結果でした。
『ウィキッド』という物語は、私たちが当たり前のように信じている「善」や「悪」が、いかに他者の視点や権力者の都合によって作られるかを鮮やかに描き出しています。
次に『ウィキッド』を観劇する際には、ぜひ「なぜ西の魔女なのか?」という視点からも物語を味わってみてください。きっと、登場人物たちのセリフや行動の裏にある、より深いメッセージに気づくことができるはずです。